2018年3月 5日 (月)

TGV

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 リヨンからパリへ向かうTGVの窓から、
 隣を走る高速道路のプジョーやルノーのトラックを眺める。
 時々TGVに食らいつくようなスピードで走っているのはメルセデスや
 アウディで、どこからか艶かしいマセラティや旧いアルファロメオが
 矢のように追い抜いてこないかなぁ。
 空の上の方を走る雲の群れはなかなか近づいてこないから、
 彼らはかなり頑張ってアクセルを開けているのだ。

 TGVに乗ると、いつも思うのは車体に結構な揺れやヨレがあること。
 新幹線だと静かすぎて「飛ばしている感」みたいな感覚が薄い。
 そんな振動や揺れが、不快かというとそんなことはなくて寧ろ逆。
 それは欧州車の運転感覚に似ているのかもしれない。
 新幹線やレクサスの技術がたいしたもので、快適なのはわかるけれども。
 それって誰かに「乗せてもらっている感」なんだろうか。

 東海道新幹線を東京から西に向かうと、富士の裾野も絶景だけれど、
 結構好きなのは、浜名湖の弁天を渡る陸橋で左斜めになりながら
 スピードがぐっと下がる時。
 近づいた湖面の水のうねりがはっきり見えて、光に変化が起こる。
 ちょっと音楽の、曲のリズムが、変調する時みたいで。

 やがてリニア中央新幹線が開通したら、東京から名古屋まで40分。
 飛行機の持つ時間距離の感覚に近づく。
 その時に得られるものと失われるものは一体なにか。
 自動車が彼らに対抗するにはいよいよ翼をもつしかなさそうだ。

 そんなことを考えているうちに、パリのリヨン駅。
 ホームを歩きながら、今乗ってきたTGVの車体の汚れの生々しさに
 ハッとして思わず写真を撮る。
 ルマン24時間を走り終えたレーシングカーの迫力と同じ種類の美だ。
 空気を切り裂き続ける力によって、ただの汚れが美へ昇華する。
 クチバシだけではなく、やがて列車も翼をもつように進化するだろうか。

 それにしてもパリの光は美しいな。着いた着いたー

  
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2018年3月 4日 (日)

je t'aime

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 中学生の時に、遠藤周作を読み始めた。沈黙、海と毒薬、白い人・黄色い人、
 そして狐狸庵先生。

 遠藤周作が学生時代に留学した街として、リヨンはエッセイに度々登場した。
 リヨン大学仏文科の苦学生で、ジャポネーズだった遠藤周作にはどこにも
 「行き場」がなくて、誰もいない冬の動物園で、毎日のように猿の檻の前で
 過ごしていたという話がある。

 宗教と日本人について、その矛盾について、人に必要なユーモアと愛情、
 生と死、そして孤独について、たくさんのことを遠藤周作の本から学んだ。

 またリヨンに来たら、今度は遠藤周作の足跡を辿らなくては。
 おそらくここも何度も訪れたであろう大聖堂を仰ぎ見ながらそう思った。
 猿に愛を告白されたというその動物園は、まだあるのだろうか。


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2018年3月 3日 (土)

ville de vélo

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 そしてリヨンの街は、旧市街からコンフリュエンスなど、
 主だった場所はおおよそ自転車で廻れる距離感が良いです。

 パリのヴェリブと同じシェアリングのシステムが導入されていて、
 自転車はつくづく都市の乗り物だなぁ、と思う。
 都市の建築にハンブルさが求められるように、言い換えれば
 人の生活圏として、その移動に適した広さの街がある。
 その範囲のなかで文化活動も含めたおおよそが足りてしまうという。

 QOLの基本は街のインフラから。その中に自転車がある。
 クルマの場合は所有から、共有するものに変わろうとしている。
 中国の大都市ではリープジャンプで先に自転車がシェアになった。

 おそらくリヨンも、住めば都蝶々。知らんか


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2018年3月 2日 (金)

Huitres

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 そしてリヨンは、かのポール・ボキューズを生んだフランスの食文化を
 代表する街でもある。食い倒れの街、大阪のようかも。
 ずいぶんと昔、大阪ラテン説を拙ブログに書いたことを思い出しました。
 ただしここには道頓堀のようなケバい看板もなく、人形が立ち上がったり
 タラバガニが動いたりもしない。うどん屋の「あそこ」もない。
 良い悪いではなく、あそこはとても大事という話。ちがうか

 TGVの停まるリヨン・バールデュウ駅のほど近くにポール・ボキューズの
 名前が冠された新しいマーケット、レ・アールがオープンして、高級な
 食材や総菜、レストランがある。

 でもって、ランチは生牡蠣のサンプラーをいただく。地元のグラス
 ワインがついて50ユーロほど、泣。
 今日の産地はオレロン、ブルターニュ、ノルマンディの3種類。
 そして昼間からロブスター、もち時価です、号泣。
 ダミアン・ハーストが喜びそうな真っ二つだ。


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 アホづらで泣いている場合ではなくて、
 生きることは、つくづく命をいただくことだと、こんな時に強く思う。
 牡蠣は海の味がして、特別に、そう思う。感謝。


 どうでもいいんですが、自転車のディレイラー(ギアの変速機)で
 フランスにユーレーというメーカーがある。あった。
 ずっと長いこと、リアの変速機が牡蠣の形に似ているからその名前
 なのだと思い込んでいました。ですが、綴りを読むと変速機は
 Huretであって牡蠣はHuitreだったのですね。。。
 面長のユーレーを手に取った時の感じも、頑丈な殻も、ユーレーは
 ユーレーに似ている、と今も信じ続けているのですが。
 

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 もちろん、リヨンは特にハイマカミン、すなわちマカロン民度も
 高いでしょう。

   
   

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2018年3月 1日 (木)

Lyon

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 リヨンはフランス第二の都市。ですが、パリとはまったく異なる形で
 発展していることが、街を望むこの風景からわかる。

 美しい街です。旧市街にはローマ時代の円形劇場が残り、中世の城壁
 路地が張り巡らされるようにあり、大聖堂がある。そして現代建築まで
 違和感を感じさせず存在する。欧州の中世がいかに前期から後期まで
 長く、栄えたかがわかる。平和にではありませんが。
 積み重なっているそのバランスが、絶妙なのです。長い歴史から眺めたら
 近代の建築なんてほんとうにごく最近のこと。

 リヨンに住む人は、リヨンをリヨンらしく保ち、そのことを誇りに
 思っているだろうことが、街を歩くと旅行者の私にも伝わるのです。
 東京の人は、東京を誇りに思っているでしょうか。江戸っ子なんて
 ほとんどいなくなってしまっているから、ちょっと違和感がある。
 京都や大阪の人の方が、地元愛や街に誇りを持っていることを強く
 感じるのに似ているかも。


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 リヨンのオペラ座は、ジャン・ヌーベルによるリノベーション。
 新旧のハイブリッド建築。

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2018年2月28日 (水)

Lyon Confluence

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 リヨンには、ローヌとソーヌの二つの川がある。
 古今東西、水の豊かなところには人が集まり文化文明が生まれ
 都市が栄える。

 コンフリュエンス(合流点)と呼ばれる、二本の川の中州には21世紀に
 入って再開発された街があって、多くの建築家たちがこぞって現代的な
 集合住宅やオフィスビル、公共建築の美しさを競っている。

 奇抜さを感じるものもあれば、コンサバティブなものもある。
 住宅にしても、同じ様な建築が並んでいるのに、同じものはなく
 それでいて街なみに「ちぐはくさ」を感じない。まるで様々な
 人種の、人間達が立ち並んでいるかのよう。
 移民とか、多様性の社会というものを建築を使って表したら、
 きっとこのコンフリュエンスみたいな街になる。

 
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  Lyon Confluence プロジェクトについて

  

    

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2018年2月25日 (日)

頭文字D @ L'Arbresle

  
 ラ・トゥーレット修道院を見学した日の夕方、てくてくっと山道を
 下ってル・アーブレスレ駅について、掲示板で列車の時間を見ていた。
 これからリヨンの市街へ戻るのだ。

 リヨンはパリに次いでフランス第二の都市。とはいえ郊外に出ると
 列車の数は激減する。たった今しがた、一本行ってしまった後じゃ
 ないか。。

 さてさて、と、思っていたら後ろから声を掛けられて振り向くと
 黒人の若い女の子。身なりはごくフツーの若者で黒づくめの
 Tシャツにレギンス。掲示板を指差しながら、どこだかの駅の
 名前を言っている。
 フランス語がわからないと応えると、例の親指と人差指と中指の
 三本を擦り合わせるジェスチャーでノーマネー・シルヴプレと言う彼女。

 やれやれ、またかと思いながら、歩いて帰れないのかと言いた
 かったがグーグル翻訳を立ち上げる気も起きない。
 そもそもこれでお金を渡したら、今朝のマルセイユのドミニク、
 あるいはドロシーのオバさんにも申し訳が立たないではないか。
 ノンと断ると、三本指をパッと開いてフンッときた。
 くるりと踵を返してさっさと立ち去る彼女。うーむ、失礼な。

 まだ次の列車まで一時間近くもあるので、折角だからこの町を
 見てやろうコーヒー飲みたいし、と気を取り直して、駅を出て
 歩き出したら犬を連れた散歩オバさんがいた。
 挨拶をして町の中心はどっちだねと片言のフランス語で尋ねると、
 今日は日曜日でどこも閉まっているという。わかってまんがな。
 それなら教会はどこだねと尋ねるとオバさんはこの道をまっすぐ
 行って右へ曲がれという。ダッコォ、メルスィー!

 たとえ日曜日でも、どんな田舎町であっても、どこかにカフェの
 一軒は必ず開いているものなのだ。まるで薬局や当番医みたいに。
 欧州におけるカフェの存在とは、そういうものなのです。
 そして教会は常に町の中心か高台に位置して、ぐるりと見渡せば
 どこかにその塔が覗けて人々を導けるようになっている。
 欧州における教会と宗教の存在とは、そういうものなのだ。

 カフェを探して、小さな旧い町を歩く。
 教会の前の広場まできたら、さっき駅であった黒人の女の子が
 ベンチに座っていて、大きなペットボトルのコーラとハンバーガーを
 食べながら友達らしき仲間達とダベっていた。
 嘘つきというフランス語が分からなかったので、ノーマネーと
 言いながら指を指したらこちらに気づいて彼女は舌を出した。
 ふざけやがってぇ、尼寺へいけっ!尼寺へ!(もちシェイクスピア、
 ハムレット風に)

 コーラやハンバーガーを売っている店があるのだと思ったが
 流石に彼女に訊くわけにいかない。金もってんじゃんと言われ
 そうだし。

 再び気を取り直し、駅から歩いた時間を計り、方向を覚えながら
 勘を働かせて歩く。こんな時は駅へ戻る分の時間を残しておく。
 それまでに見つからなければ諦めればいい。
 どうあろうとも、すべてはなるようになると受け入れること。
 旅の時間は、人生の時間なのだ。

 そして町外れの幹線道路沿いに開いているカフェを見つけた。
 駅へ戻るための制限時間まであと10分ちょい。充分。
 
 田舎町の、寂れたカフェだった。でも客は10人以上、結構いた。
 そして客はすべて老人の男達だった。TVではサッカーの試合が
 流れていたが誰も試合を見ておらず、誰もがただカフェの椅子に
 座りビールや空になりかけたワイングラスを前に黙っていた。
 退屈という苦痛に耐えるには、この町ではそれしか方法がない
 ように思えた。

 表の席に着いて店員に手を挙げ、私はエスプレッソを頼んだ。
 隣の老人と眼があったが、会釈はない。
 家に帰っても、今日は店で日本人を見たなどと、話す相手は
 いないだろう。

 今朝マルセイユを発ち、昼前にリヨンに着いて、露天の市場を
 覗き、ラ・トゥーレット修道院へ山道を歩いて、黄昏が始まろう
 とする今、老人達に囲まれて寂れた田舎町のカフェにいる。
 疲れている身体に思い切り苦いのが飲みたくなって、エスプレッソ
 をダブルに、ドッピオに頼みなおした。
 長い長い日曜日、一日の終わりに飲むコーヒーの頭文字はDだ。

 ドッピオは思った通り苦かった。でも、どこにでもある味だった。
 そういえば黒人の女の子に名前を尋ねるのを忘れた。
 君の頭文字は、と。

 リヨンなら日曜日でもどこかで切手が手に入るだろう。
 お釣りを貰わずに席を立ち、私は駅へと急いだ。


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2018年2月24日 (土)

Flux de temps 

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 ラ・トゥーレットは、もはや修道院としては運営されていません。
 
 1959年生まれ。今はガイドツアーの他、アートイベント開催や、
 8月のヴァカンス時期以外であれば修道生活体験として一般客が
 滞在することも可能。
 一昨年はアニッシュ・カプーアの展覧会があったとのこと。

 これだけの大きさの歴史的な建造物を維持するには、大変な金額が
 掛かる。例えば細い蛍光灯ひとつとっても元々作れるところが1社
 しかなく、このラ・トゥーレットのオリジナルを保つために、そして
 技術を継承するためにも特注しているとか。請け負う側も決して
 利益がでてはいないそうですが。

 たった今フランスで修道院の経営というものが、宗教法人として
 どのくらい厳しいものなのか私には不明だけれど、修道士の数が
 極端に少なくなっているのは事実だそう。
 宗教建築として当初の役目を終えたということでもない模様。
 時代の流れなのでしょう。

 都市の共同住宅であるユニテ・ド・ダビダシオンが、ある意味今も
 健全な状態を保っているのに対して、条件も環境も異なるとはいえ
 対照的ではあります。
 ロンシャンの礼拝堂はやっぱりベルフォールの山の上、ド不便な
 ところにありますが、最近レンツォ・ピアノによるビジターセンターを
 併設したそうで、上手くいってますよね、おそらく。やりよう、と書くと
 語弊がありますが、「生きて行くために活かすこと」、進化が必要なの
 かもしれません。

 ラ・トウーレットへは、リヨンの市街から列車で郊外へ。
 最寄りのル・アーブレスレ駅前から案内板のある田舎の坂道を歩いて
 20分程。美しくオリジナルを保たれている「今のうちに」訪れるべきと
 思いました。

 サイトはこちら。英語とフランス語の同時ガイドツァーがある。
 カップ・マルタンも同様でしたが、訪れた時は30人ほどのビジター
 のうちアジア人は私一人でした。


 
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 小さきものはみな美しきかな、とは枕草子。
 建築のディティールも感心はするけれど、人のアートは模倣であって、
 自然とその生命の精緻さにはまだまだ敵わない。
 ラ・トゥーレットへの田舎道を歩きながら、そう思いました。


       

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2018年2月18日 (日)

Iannis Xenakis

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 ル・コルビュジェの建築事務所で10年の間、設計の仕事をしながら
 現代音楽を創作していたイエリ・クセナキス。
 ルーマニア生まれのギリシャ系フランス人、アテネ工科大卒のエンジニア
 でもあったクセナキスが試みていたテーマは、自分の考える音楽を建築
 として可視化し、形にすることだった。

 クセナキスが設計を担当したという、このラ・トウーレットの祈りの場へ
 向かうための通路にあるそのグラス面は、五線譜のフォーマットを逸脱
 したかのような現代音楽を思わせる。

 そのグラスを手で敲くと、一枚づつ音の高さが異なるのです。
 現地で枚数を確認するのを忘れてしまったのですが、クセナキスの
 音楽理論に倣えばおそらくグラスの大きさは12種類、つまり12音階
 (平均律)あるはず。
 そして印象に残るのは、グラスが矩形の組合わせであること。
 すなわちモンドリアンスタイル。

 また一方で、それは教会のステンドグラスを想気させる。
 かつて訪れたイスタンブールのアヤソフィア聖堂には4世紀頃の
 透明なグラスがあって、それが世界最古のひとつだった。
 その後加工技術が発達し、中世のロマネスクやゴシック時代には
 ステンドグラスとして着色と模様による華美な装飾が長く長く続く。
 そんな装飾を排除したモダニズム建築の透明なグラスは、肥大化する
 宗教へのアンチテーゼだったと同時に、無垢な白、透明であるべき
 原点回帰へのメッセージだったのではないか。

 もうひとつは図書室に置かれたル・コルビュジェがデザインしたという
 白い椅子。かつてユトレヒトを訪れて眺めた、かのシュレーダー邸の
 ヘリット・リートフェルトによる「赤と青の椅子」と同じフォルムです。
 しかしてル・コルビュジェは白、伽藍は白くあるべきと。
 それらがリートフェルトの引用、そしてモンドリアンへのリスペクトと
 考えると興味深い。

 ル・コルビュジェはカソリックだったが、無神論者でもあった。
 ロンシャンの礼拝堂、ラ・トゥーレット修道院、フィルミニの教会。
 有名な三部作、宗教団体のリクエストを引き受けるのは人生の後半、
 妻のイボンヌとお母さんが亡くなってからだ。彼のお墓に自ら描いたのは
 海と空の水平線であって、十字架ではない。

 クセナキスは、物理のブラウン運動から作曲のヒントを得るような
 言わば音工的感性を持っていて、建築と音楽の二足の草鞋を履いていた。
 今風に言えばダブルメジャー、はたまた二刀流。
 勿論クライアントに言われたことをやるだけの、建築事務所のいち
 アシスタントではなかった。

 優れた集団には、また素晴らしい才能が惹き寄せられ集まる。
 Great minds think alike.

 建築をオーケストラに喩えれば、クセナキスはファーストヴァイオリニスト
 かピアニスト。ル・コルビュジェはプレーヤーを惹き立たせ、その才能を
 引き出せる名コンダクターでもあったのだろう。

 先の白い椅子も矩形グラスもインストゥルメント、言わば楽器であって
 ハイブリッドというよりは、アレンジメントとコンダクティングのための
 構成要素なのだ。

 そんなわけで、ようやく訪れたラ・トゥーレット。感無量です。
 私は、そのグラスに手を当て、そしてクセナキスの声を聴く。
 その手で敲けよ、さらばその波動は手を伝い、耳を啓き脳へと響き、
 また己れの心に還るだろう、と。


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2018年2月17日 (土)

Detail @ La Tourette

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 当たり前なのだけれど、建築の細部に惹かれる。
 赤と青、電気と水の配管は血管の動脈と静脈に見立てられ、
 繊細な細さの蛍光灯は粋(いき)を生かすための無粋(ぶすい、
 ではなく、むわく)となる。
 大切なのは配置のバランス。佇まいとアトモスフィア。
 そしてそれを支える手仕事。たとえコンクリートの枠型がずれて
 窓が斜めに変形しても、その偶然を許し楽しむこころ。

 コストを掛けずにアイディアを形に。
 あたかも花の美しさのように、
 それらに神が宿っている、かどうかは見る者に委ねられる。
   
 
  

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