失なはれたカフェについて
そのカフェは、マノア・ヴァレーにあった。
ホノルルの喧騒から離れ、ハワイ大学のある町から更にマノアの山奥に向かった住宅街の小さなコミュニティ・プラザの中だ。初めてそのカフェを訪れたのは数年前、レンタカーでのドライブ途中で道に迷い、通りかかったコミュニティで道を尋ねようと立ち寄った時だった。
良いカフェには、人をひきつけるオーラがある。
それが旅先の偶然であっても、ほんのひと時のものであると判っていても、良いカフェに出会った時の、お気に入りを見つけた時の胸の高まりは、ちょっとした恋愛のそれにも似ている。
入口の、歪んだガラスのはめ込まれた大きな木の扉は開け放たれている。ほのかに薄暗い店内へ長く差し込む午後の光。古く擦り切れた木のカウンター。深く炒られたコナ珈琲の保存瓶が並ぶ棚。そして染み付いた珈琲の香り。
肘掛のついた椅子達と木の床は年季充分で、ひと目で自分の歳よりも遥かに長い年月をここで過ごしてきただろう事がわかった。そしてそれらは遠い記憶のなかの小学校の木造校舎を呼び起こす。
大学教授と思しき風貌の老人は新聞を読み、学生はレポート書きかそれとも恋人への手紙を書いているのか判らない。もの思いに耽る栗色の髪の女性。
カフェの客はそれぞれに距離を保ち、静かな、本当に静かな時間を過ごしていた。テラス席の足元でパン屑を啄ばむ小鳥達さえも、それを邪魔しないよう気を使っているかのようだった。
カフェの心地良い空間は、そこに集まるもの達によって作られる。
普段は珈琲をあまり飲まない妻をして、もしも、もしも自分がカフェを開くとしたら、こんな感じのお店が良い、と言わせる程のものだった。
あのカフェ、マノアの、もう、無くなっていたわ。
俄かには信じがたい事を、僕は成田空港から家に戻る途中のクルマのなかで、ハワイから帰ってきたばかりの妻から聞いた。
そのカフェが無くなったことは僕たち夫婦を悲しませ、いっとき押し黙らせるのに充分だった。
もう、あのカフェにはいけないんだ。何故だろう、何故無くなった。
わからない、でも・・・
僕は妻の口から、そのコミュニティの入口に新しいカフェが出来ていたことを聞いた。いわゆるシアトル系と呼ばれるそのカフェの大手チェーン店は、日本でも出店数を大きく伸ばしている。つまり資本主義経済の大波が、ハワイのローカルで旧態化したカフェを、いとも簡単に飲み込んだだろうことを想像するのはそう難くなかった。
僕は何故か、子供のころに飼っていた黒い子犬がいなくなった時のことを唐突に思いだす。そしてその次に、あの時、カフェの前に停まっていた旧いシルバーのポルシェ356に気をとられ、せっかくライカを持っていながらカフェの写真を1枚も撮らなかったことを思い出し、後悔した。
またいつか来れると思っていただけに、ショックは隠しきれない。たった一度しか行ったことのない場所なのに、こんな思いをするのはいったい何故だろう。
カフェで過ごすひと時は、おそらく何の意味も無い時間ではない。
帰りがけに買ったミューズリーのクッキーに青カビが生えていて、引き返して交換して貰ったのも、笑い話の思い出になってしまった。学生アルバイトらしき店番の女性は、肩をすくめ、照れ笑いをしながら交換してくれた。大きなガラスジャーの蓋を開け、よくあることなのよ、とでも言いたげに。
でも自分はそんなことで全然怒ったりはしてなかった。
カフェはまた、そこを愛する人たちによって支えられる。
例えば恋愛の始りの時に、目の前のその相手を、この先どんな理由で失うのかを考える人がいるだろうか。たいていは、その瞬間にも、静かに、しかしゆっくりと確実に、時間が流れ過ぎていることにすら気づかないのだ。
かつて、その小さな古いカフェはマノア・ヴァレーにあった。
閉店の最後の日は、一体どうだっただろう。そのカフェを愛していた人達はきっと悲しんだに違いない。
でも、やがてそのことを覚えている人も少なくなっていくのだろう。
かつて、小さな古い、けれど美しかった愛すべきカフェが、マノア・ヴァレーにあった。
そして今はまだ、僕たちの心のなかにそのカフェはある。
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