釦
春はメンテナンスの季節、というわけで幾つか細々とした家事をやる。
小学生の時に家庭科の教室ってのがあって、オトコの子も料理やら裁縫を習った世代だ。そういえば一番最初にカレーと目玉焼きを作ったっけ。
教育は時代によってカリキュラムが変わる。受験世代はガリ勉のもやしっ子と呼ばれ、少し前のゆとり世代とやらは甘やかしが過ぎたようで今揺り戻しが来ているとか。一時期アナログ時計が読めなかったり、ナイフが使えない子供を嘆く声もあったけど、最近はどうなんだろう。
そんな頃に覚えた裁縫ってのは言わば身体感覚そのもの。頭で理解してそれを指先で覚えているせいか、何年もやっていなくてもそう躊躇も無く出来たりする。まるで埃を落としてタイヤの空気を入れ直した自転車に乗るみたいに。ビジネスクラスやら旅先でちょいと気の利いたホテルに泊まると、ソーイングセットがアメニティとして用意されていたりして、これがまた小さくまとまってオママゴトちっくにそそる。持ち帰ってこんな春の日のいざという時に登場するのです。
かって銀座のテイメン、つまりテイジン・メンズショップの地下に、良い服というものはどう造りが違うか熱心に教えてくれた店員さんが居た。シャツで言えばシーアイランドコットンやら番手の話、縫製の話に貝釦、はてはアイロン掛けの極意まで。あまり買わない客だったにも関わらず、また来ましたね、と笑いながら。その後バーニーズに移ったと聞いたけど、消息は知る由もない。まだオースティンに乗っているでしょうか。オアフ島ワイケレのアウトレットにはバーニースがあるけど、どういう訳か店に入るとあの店員さんを思い出してしまう。テイメンにはもう20年以上入っていない。
景気の悪い時は衣料品は売れない。でもユニクロだけは売上げを伸ばしているそうだ。一見コンサバティブなスタイルが多い、と思いきや、せいぜい1、2シーズン着れれば充分と思える程の値段とクオリティ。カシミアもピンキリなのだろう。あの値段で多くを望む方がおかしいのかもしれない。考えようによってはコストパフォーマンスは抜群なのだ。
自分もそんなユニクロ、GAPとか無印といった量販店を覗いてしまう。値段が安いという強烈な誘惑と戦いながら時々そいつに屈してしまったりする。そういうヒトが多いということなのだろう。でも値段が安いからとか、言わば不埒に衝動買いしたものは、結局何回着たかを数えたらそれが失敗だったことは多い。まあどんなにコンサバティブな服でも、仮にそれが高価なものであっても飽きはくるものなのだけれど。生来の左前はいくつになっても月謝を払い続けている。
スタンリーマーケットって知ってますか。香港に服の市場みたいな街があって一度だけ行ったことがある。よく知られるように欧米の著名なブランドはアジアの工場でほとんどを作っている。労働者は中国人は勿論出稼ぎのインド人やベトナム人とか。手先が器用で人件費が安くて、それなりに良質の素材も安価に手に入る。そういう工場から正規のブランドタグを付けずに出るものが生産調整やらサンプル品を含めて少なからずあって、スタンリーは言わばブランドのアウトレット市場なのです。確かに欧州向けらしきは手の込んだ良い品物も多くて、そういうのは手触りで判る。本当に良質なシルクは重たい。そしてもちろんそこでは桁違いに安い。マーケットには観光客が多いけど、交渉の会話から業者と思しき姿もある。タグの切られた服を手に取りながら、労働賃金や元の原価はいったい幾らなのだろうと想像した。服のブランディングも現代アートと同じで、ある意味錬金術の一つなのかもしれない。
あのテイメンの店員さんには申し訳ないけれど、いつの間にか買う服も減り、名前にも拘らず、市井である自分の身の丈にあった値段と質に折り合うようなものを選ぶようになった。普段着だって多くはそんな気楽な安物だし、仕事用のスーツ、パンツやジャケットもしかり。勿論BRICS結構、プラスティック釦も了解。結局気に入った少しの服をいつも、いつまでもまるで自分のユニフォームのように着てしまう。なんだか少年漫画の登場人物みたいだ。まあチープシックとは言いようで、本当は単にケチでお洒落じゃないだけだろう。
でも野暮は野暮なりに、値段の高い安いには関係なく、何らかの出会いで手に入れた服を大事にしようとは思う。それは月謝を払ってきたこれまでの反面教師を含む先達へのプチ恩返しかもしれない。だからこうして昔のオトコの子は春の日射しの中で、ボサノヴァを聴きながらせっせと釦付けや裁縫をやったりする。安物でもしっかり直すととたんに服がシャキッとして、また着ようという気になるから不思議だ。てなわけでビバ家庭科。
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コメント
こんばんは。
いい時間が流れているのが伝わってきます。
オックスフォードの光沢が
チープには見えません。。(笑)
こちらも是非リンクをお願いいたします。
投稿: canoa | 2009年6月 7日 (日) 02時07分
>canoaさん
コメントありがとうございます。
つまり着る人間がチープなのです(自爆)。
投稿: UMAGURUMA | 2009年6月 8日 (月) 23時40分