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2009年7月 4日 (土)

vertigo

 朝目覚めた時に、ほんの少し手足が痺れるような感覚がある。毎朝というわけではなく、週に3、4日。この2ヶ月ぐらい前から。もともと低血圧で心拍数も低いけれど、歳をとると高血圧になる人が多いから今から低めなのはそう問題ではないと検診の度に医者に言われてきた。それが末梢にも影響はあるのだろうか、子供の時は耳たぶや踵の血行が悪く冬はシモヤケに悩まされた。

 その朝の痺れと因果関係があるのかどうか判らないけれど、このところ目眩が起る。立ちくらみではなく、普通に立っている時やオフィスで椅子に座っていて起る。倒れ込む程のことはないけれど、ふらっと来て一瞬眼の前の世界が歪む。山奥の鄙びた温泉宿の壊れかけたTVを叩くみたいに。また何事もなかったかのように大丈夫になって、そして直ぐに忘れる。

 50年も生きていれば、誰でも少しぐらい調子の悪いところやガタが来ても勿論おかしくない。これまで事故で大腿骨を二回も骨折したし、スキーで滑落転倒して肋骨にヒビが入ったり、テニスで靭帯を痛めたり、忍者ハットリ君になりそこねて中指の先を皮一枚で落とし掛けたり、一度には思い出せないくらい切ったり縫ったりと生キス、じゃなくって生傷も絶えなかったから、身体中継ぎ接ぎだらけのワケアリで程度が悪い。中古車で言えば低年式不人気車の修復歴あり。疲れてくると真っすぐに歩けない。

 今朝は目が覚めたら4時半で、手足が痺れてあまりに寒いので風呂に入った。湯船に浸かりながらこのヤバさ加減を自問する。自分のことなのにシリアスか否かも判らず、そもそもこんな時にはどの病院の何科に行けば良いのかすら判らない。とりあえず総合病院に行けば、おそらくなんらかの原因を特定するために精密検査を受けることになるのだろう。考えるだけで面倒くさくて堪らない。

 あとどのくらい、ダマしダマしこの身体とつき合っていけるのか。例えば平均的な寿命から逆算して仮にでもマイルストンを置いてみると良いかもしれない。大きくは社会的な寿命と、人間の寿命。マイルストンはそこに向けて誰かにバトンを渡す為のだ。凡庸な人生でもイヤになるくらい様々なバトンがあって、たぶん全ては渡し切れないだろうことも朧げに判ってしまう。それこそ一生掛かりそうだ。

 「ゾウの時間ネズミの時間」で知られる作者の別のある本によると、ひとつの生命でプログラムされている心臓の鼓動数は15億回だそうだ。それをネズミは2年で使いきり、ゾウは70年掛ける。犬はせいぜい20年。そこから計算すると人間は40年ぐらいのはずだが、15億回を過ぎたらいきなり止まる訳ではなく、そこから徐々に放物線を描くように収束していくことになる。終焉に向けて。だから40歳を過ぎたら残りはオマケの人生と考えて、開き直って?ポジティブに生きようってことらしい。でもそのオマケとやらを既にどれだけ使ってしまったか、やっぱり気になるけどね。
 
 まだ薄暗い風呂上がりに一杯の水を飲む。痺れも取れてとりあえず今日のところは病院に行かずとも大丈夫な感じ、と思い込むことにする。歳をとると子供に戻ると言ったのはピカソだっけ。ということは、もっとオマケをと欲しがるのも子供と同じってことか。

 

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コメント

お久しぶりです。
体調大丈夫ですか?

広辞苑によると『初老』は40だそうですね。
心拍数年齢とほぼ一致、厄年とも重なってたりします。
やはり、40あたりがターニングポイントなんでしょうかね?
自分も気付けば立派な初老です。

投稿: longladder | 2009年7月 4日 (土) 23時36分

>longladder さん

こちらこそご無沙汰しております。
コメントありがとうございます。

そういえば昔、小学校の張り紙に「廊下は静かに」とありましたが
施設によっては「老化は」に書き換えてもイイかなと思い始めてます。

投稿: UMAGURUMA | 2009年7月 5日 (日) 21時46分

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