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2016年5月 3日 (火)

one of these nights

    
一日目の仕事を終えてホテルの部屋に戻ると、ベッドサイドのテーブルに
小さなメモ紙があって、手書きのメッセージが残されていた。

 Thank you for choosing our hotel.
 enjoy your stay.

都市部の高級なホテルであれば、支配人のウエルカムカードが置かれて
いることはある。おおよそがサインすら印刷されている程度のものだ
けれども。
でもここはテキサスの片田舎、オースティンのロードサイドで、会社の
出張規定の予算内に収まるミドルクラスのチェーンホテルなのだ。

おそらくベッドメイクをした女性のメイドがメモを残したのだろう。
気の利いた計らいに感心しながらも、今朝部屋を出る時ベッドサイドに
チップを置いておくのを忘れたことを思い出した。

といっても私が置くのは1ドルだけれど、そのメモの名前から察するに
おそらく南米、プエルトリコかメキシコ辺りから来ただろうメイドに
とっては、小さなチップを積み重ねることが日々の大切な収入になる。

チップを忘れないで、よろしくね。もしかしたら、そのことを遠まわしに
メモで表したのかもしれないと思った。

そして次の日の朝、その小さなメモ紙の余白にホテルのボールペンで
Thank you! と書き込み、それから忘れずに毎朝1ドルをベッドサイドに
置いた。

案の定、それから2晩はメモがなかった。

 How’s your stay?
 I hope to have a good day.

前回のメモと同じ字体だった。今度は名前の代わりに絵文字の顔が
描かれている。丸いボウルの中に2つの点の目と笑顔の口。
おそらくホテルには何人かのメイドが働いていて、今日が彼女の
当番日だったことが察せられた。そして同時にそのメモがチップ
目当てのものなどではないだろう、ということも。

私は再びボールペンを取り

 Thanks! you too!

そう余白に書いて残した。

日をおいた次の3度目のメモには

 Let us know if you need anything!

とあった。毎日バスルームに置かれる紙の小箱に入ったニュー
トロジーナの石鹸もシャンプーも、至極簡素だけれど私には好感の
もてるもので、勿論部屋のメイキングはパーフェクトだった。

 Nothing, Fine!

すぐにそう書いて、そして、それは最後の夜だった。

出張が一週間に及んで、かなりストレスも身体の疲れもたまっていた。
おおよその荷物をパッキングし終わって、そして明朝ようやく帰路に
つけるという気の緩みと安堵感もあったと思う。
随分と久しぶり、その夜の寝入りばなに、金縛りに掛かった。
金縛りの経験のある人は少なくないだろう。

薄暗いなか部屋の天井が見えた。
最初にベッドの左脇に現われた大きな影が、身体を押さえつけてきた。
そしてもうひとつの影が右に現れ、大きな白いシーツを被せてきて、
その上からロープのようなもので首を絞めてきた。抵抗できなかった。

あぁこれは金縛りだ、と。意識の海の、夢の旅の途中なのだ、と
判っていても身体が押さえつけられ、喉が苦しくなってきた。
息ができず、絶えられなくなってきて、夢かうつつかの判断を迫られて
いるなかで、そして思い切り大声を出してベッドから跳ね起き、その
縛りから開放された。

それがどのくらいの時間だったのか判らない。
縛りから解放された時は呼吸が粗く、心臓がバクバクと音を立てていた。
意識が無事に復元され、世界は再び自分の現実のものになった。

何の確証も、勿論記憶にもないのだけれど、この世に生まれた瞬間は
もしやこんな風に、呼吸も心臓も大きく波打っていたのではないか。
そう思えた。

やがて嵐のような荒波が収まるとトイレに立ち、さっきまで苦しんでいた
はずのベッドに戻り、ゆっくりと深く呼吸をする。すぐに寝付くことが
できて、それからは凪の航海だった。

そしてまだ暗いうちiPhoneの目覚ましに起こされた。朝食なしで
チェックアウトして空港に向かわなければいけない。でもその前に
急いでボールペンを手にとって、デスクの新しい紙にメモを残した。

 I felt someone's shadow while sleeping last night
 that came into my dream.
 Does someone failed here so far?

someone killedではストレートすぎ、fatal では過失事故になる。
failedでうまく伝わるだろうか?
この部屋のこのベッドで、かつて不幸なことが起こっていないことを、
メモのメッセージは、もしやメイドからではなく、かつてこのベッドで
絞殺された人からのものではないことを願いながら。

ノーベル賞作家のアナトール・フランスによると、夢とは忘れられた人々や
事柄が、その忘却を怨み、復讐として睡眠中に立ち現れることだという。

金縛りは、いったい英語で何というのだろう。
夜明け前の高速道路を走りながら、空港に着いたらWiFiに繋ぎ調べて
みようと思った。


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P.S.
タイトルのone of these nights はイーグルスの「呪われた夜」から拝借。
金縛りはsleep paralysis と言うそうです。


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2016年5月 1日 (日)

TEXAS

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3月、会社の出張でテキサスへ行った。

ちょうど誕生日の午後に成田を発ち、時空を超えて米国で
もう一度誕生日を迎えることになって、1日で2つ歳をとった気になった。
誕生日がハッピーなものとするならば、それは得をしたのか、それともただ私が馬齢を重ねただけなのか、さっぱり分からない。

乗り継いだヒューストンのジョージ・ブッシュ空港はとんでもなくデカかった。
それでも隣のダラス・フォートワースに次いでテキサス州では2番目の大きさ
という。ユナイテッド航空のハブ空港でもあるし、空軍とNASAのジョンソン
宇宙センターにも近接しているぐらいだから当たり前か。

テキサスでデカイといえば、ICチップや半導体の巨人、テキサス・インストゥル
メンツがある。その前身、ルーツは地形測量のGSIで創業は1930年に遡る。
最初は地震検査計の信号を使った装置で油田探索を行っていたとか。
デカい金蔓の油田を探すために小さな信号を扱っていたのだ。
その後テキサス・インストゥルメンツ社になってからIC、すなわち現代のITに
つながる電子集積回路の基本特許が発明されたのが1958年。ほぼ私と
同じ歳じゃないか。
デカい基盤を小さくすることで世界を変えた。いや、小さいものを集めて
積んで、小さいまま大きなことが出来るようにしたのだった。

それ以降米国の航空機や、アポロ計画のロケットも小さなICのチカラがあって
大きく飛ぶことができた。同時期のソビエトのルナ計画が安定性に欠けた
のは電子機器の小型化への遅れと品質がその要因のひとつと聞いた。

半世紀以上がたった今は、小さい方はナノサイズが当たり前になって、誰もが
手にして電話ができる程になっている。遠くへは人類が火星に行けそうなぐらい
になった。いや、わざわざ行かなくても火星のいろいろなことが地球にいても
手に取るようにわかるくらいになった。

大きなものを見ていると、気も大きくなるせいだろうか、小さな一人の人間の
歳など、ひとつぐらい数え間違いがあっても大したことではないと思い直した。
どうやら歳をとることで、どうでもいいと思えることが増えてくる。
でもそれって利点なのか、難点なのか、ひとつ多く歳をとったぐらいでは
よくわからない。

    

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 上写真はジョンソン宇宙センター。アポロ計画で使われた13号棟司令室。
 苦節47年、ようやく訪れることができました。
  
   

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