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2016年7月10日 (日)

Ecce homo

  Ecce homo この人を見よ。

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 おめでとう、恵まれた女性よ。主はあなたとともにおられる。


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 太陽の下に新しいものはない。


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 主の名によって来る者は、祝福される。

 以上は全てルカによる福音書より引用。

 

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2016年7月 9日 (土)

Bruder Klaus Church

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 そんなわけで、ケルン郊外。
 ペーター・ツムトアのブルーダー・クラウス礼拝堂を訪れる。

 不便なところにあります。ケルン市街からアウトバーンA1乗って、
 最寄りのリスドルフ村まで行って、村外れの駐車場にクルマを駐めて、
 最後はてくてくと畑道を丘陵の上まで歩く。
 結局ケルンから2時間近く掛かりました。

 でもそのちょっとした道程の不便さが、外から訪れる者へ
 ここが特別な場所であることを表しています。
 それはそうです。本来は観光施設でも村興しでもない、地元住民のための
 建築、祈りのための野外礼拝堂ですから。

 よく晴れた欧州のキンと寒い冬空の下、畑道を歩きながらかつてスイスの
 山奥、同じペーター・ツムトア設計のスンヴィトゥ・カンパディアルス村の
 サン・ベネディクト教会を訪れた時のことを思い起こしていました。

 なんでもが便利になった現代、インターネットの登場とその進化によって、
 家を出なくても生活に必要なほとんどのものが入手できるようになりました。
 外へ出かける頻度とその理由、生活に変化が起こっているのでしょう。

 外へ出て、あらためて祈りのための場へ向かうこと。
 そのことがどれほど人の振る舞いとして訴求するものか。
 宗教心とは、言うなれば日々の生活の中に問われる「頑なさ」だと
 思いました。
 道程の不便さとは、まさにその儀式と呼べるものなのかもしれません。

 建築は思っていた通り、ツムトアらしいものでした。

 コンクリートと鉄扉、そして内部の採光を兼ねたガラス玉。
 素材そのものは建築用材料としてごくありふれたものです。
 でもツムトアの手に掛かると、それらは元々の自然に還されているか
 のように形を成すのでした。
 
 中に入ると壁面のコンクリートは粗く、人の手によって波状に掻き落と
 されています。微妙に赤色が付いていて、おそらく地元の土でも混ぜて
 いるのでしょう。人工物にもかかわらず、その肌理の粗々しさが自然の
 洞窟を模倣しているかのよう。そして壁面に埋め込まれた沢山の
 ガラス玉が、天から降る雨粒を想起させます。

 その内壁の粗さと、外から眺める端正なコンクリート建築との較差。
 まるで何処かの縦長の自然洞窟を切り出し、その形に合わせた外壁を
 シェルターにして覆っているかのように見えるのでした。

 簡素な十字架、トルソーのブロンズ彫刻とベンチ、キャンドル台。
 そこに壁面から場違いと思わせるハンドルが突き出しています。
 その存在は現代アートを想わせるもので、視る者に何かを問うように
 出来ているようです。

 もう一つ、この建築の特徴の一つに、外との繋がりがあります。
 ここは屋根がなく天空に抜けていました。光や雨が直接空から礼拝堂の
 中央へ降り注ぐようになっています。一方で前述したガラス玉の雨粒。

 それらを解釈するならば、礼拝の場とはヴァーチャル(ガラスの雨粒、
 それを通してみる外界)とリアル(本物の雨と天空の光)の出会う場所、
 すなわち神という仮想と自然の現実が、日常の祈りという行為によって
 結びつく所ということ。

 演出という言葉を使うと、嘘やまやかしのように聞こえます。が、
 ツムトアのそのアイディアは決して奇を衒うことのないものです。
 そう感じる理由は、大教会のようなお金の掛かった華美な装飾
 ではなく、ここがありふれた素材を使った、人の手の無垢な仕事に
 よるものだからでしょう。
 何よりもその朴訥さに「許し」があり、「救い」がある。

 来る途中の畑道で見掛けた、犬を連れた地元の村人らしきご婦人が
 礼拝堂に入ってきます。
 散歩の途中の、日々の振る舞いとしての祈り。
 村人達が毎日灯すであろうキャンドル、そして静かな祈りの姿。
 頑なさと静けさは同義なのかもしれません。
 
 しかしたとえ祈りを捧げても、神は何もしてくれません。
 ただそこに、信じる人の傍にいるだけです。
 同じように、建築もただそこに在るだけで善いのだと思いました。

 
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 内部は撮影禁止。 この1枚お許しを。
 ちなみにトップの写真、気づかれましたでしょうか?
 大空に飛行機雲の十字架です。神は時々サプライズをくれるのかも。
 本当に訪れる者だけに。

   

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2016年7月 8日 (金)

vivre sonorité

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 ケルン駅で知人と別れた後、高速列車でパリへ戻り、11月にテロ事件が
 あったライブハウス、バタクランを訪れた。

 地下鉄では時おり銃を構えた武装警官が乗り込んできて、張り詰めた
 空気になる。乗客の誰もが無口だ。

 立入禁止のテープが何重にも張られた店の前は異臭がする。
 そして道路を挟んだ向かいの公園には手を合わせ花を供える人々の姿。
 巻き込まれたと思われる故人の写真があり、落書きもまた多い。

 パリのテロは、最初に仏メディアがイスラム教を侮辱したことへの報復
 としてサッカー場、カフェ、ライブハウスという市民文化の場が襲われた。
 自分の愛する街や場所が破壊されたら、一体どんな気持ちになるか。
 例えばこれがもし東京や京都だったらと想像できるだろうか。

 ライブハウスの近くにはリパブリィーク広場があって
 ここにも夥しい数の花や遺品が飾られている。

 そしてこの広場には多くの難民達がダンボールを地面にひき
 露天で生活している。ありったけの服を着込み、越冬に耐える渡り鳥の
 群れのように肩を寄せ合っている。その数、50人はいるだろうか。
 雨の日は地下鉄の通路へ入るようだ。

 欧州に命辛々渡ってきた難民の彼らは、好んでこの場所にいるわけ
 ではない。彼らも生きるために祖国を離れざるを得ない被害者なのだ。

 無邪気な難民の子供達は広場を走り回り、少女は通行人を見つけると
 何かを訴えながら手をさし出してくる。
 言葉はわからなくとも、その表情で何が欲しいのかわかる。
 思った通り、それはそうだろう。

 でも少女にお金を恵むわけにはいかない。一人に渡したら我も我もと
 取り囲まれることになるだろう。
 首を振るとすぐに離れていく少女。冷たくされるのはもう慣れっこ
 なのだ。

 ふとホテルのレセプションで貰った飴がポケットにあったのを思い出す。
 追いかけて声を掛け、振り向いた少女に手渡す。
 そしてその瞬間の、少女の溢れんばかりの笑顔に胸を打たれた。
 たかが飴玉のひとつに、渡したこちらの方が恐縮してしまう。
 もうしわけない。今の私にできることはこんな程度なのだ。

 そしてそのことが本当に痛いほどわかった。少女が求めているのは
 お金などではないことが。

 でも、パリはきっと大丈夫。悲しみを乗り越えられる。
 難民達は冬を越えて、安息の日をいつか得られる。
 ホテルに戻ろうと、地下鉄のレス・アレス駅で乗り換える時、
 オーケストラの音が聴こえてきて、そう思った。

 この楽団も、川のように流れ行く人々も、映画のエキストラなど
 ではなくて、毎日を生きているリアルな人間達である。
 黒い人、白い人、少し黒い人、金色の髪、赤い肌、黄色い人。
 ヘラクレイトスの言うように、人は同じ川に二度入れない。
 ざわめきのなか、生まれては消えてゆく音のように、もう二度と
 この場所でこの人達はすれ違うことはない。そしてこの私も。

 パリの街は生きている。生きて流れている。これまでと
 何一つ変わらない態度でしっかりと。
 パリは大丈夫。何故ならば人には、限られてはいるけれど
 時が与えられ、そして自らが創り出した音楽があるから。

 なんびとも、生きるざわめきの音をとめることは出来ない。


 

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2016年7月 3日 (日)

未来社会

 Evernoteの整理と共に、棚卸し。

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 この年末年始、再びパリを訪れて、そして晦日にケルンへ移動。
 元日はドイツで迎えました。

 当初はずっとパリにいるはずだったのですが、旅の連れ合いの要望で、
 テロの起こった場所を避けたいとしてケルンに変えたのでした。
 ケルンには近郊も含めて見たかった建築と美術館があって私は承諾。
 欧州は今どこへ行っても危ないから同じだよ、と言いながら。

 ご存知の通り、大晦日の夜にケルンで北アフリカやアラブ系の難民達に
 よる集団暴行事件がありました。

 大晦日は凍えるような寒さで、食事をした後早々にホテルに戻り、
 窓からケルン大聖堂と花火を眺めました。あの花火の下でまさか
 そんなことが起こっていたとはつゆ知らず。。。

 結果的に難は逃れましたが、もしもあの夜、あのまま外にいたならば
 暴動に巻き込まれていたかもしれず。であれば被害者を助けることも、
 もしや連れの知人を守ることも出来なかったでしょう。

 このブログでも時々、日々是気になることのひとつとして欧州の難民の
 ことを書いています。
 何の因果なのか、パリのテロを嫌って避けようとしたがゆえに、よりに
 よってそんな爆心地に踏み込んでしまうとは。。。

 ちなみにその連れの知人とは、昨年の暮れにはイスタンブールで
 現地集合しています。嵐を呼ぶのは石原裕次郎(ちと古いか)ですが、
 我々が行く旅先はなぜかテロと暴動が起こるところかも、というのは
 笑えない冗談になりました。

 そういえば、犬も歩けば棒にあたる、という格言があります。
 本来のいろはカルタでは、江戸時代の階級制度(士農工商)に基づいて
 いて、用もないのにうろうろしていると犬だって棒で追い払われる。
 外になど出ずに、おとなしく何事もなかれで過ごすのが「生きるための
 知恵」という意味だとか。

 でも、犬のように出歩かずとも、対岸から嫌でも火の粉は飛んでくる
 という話。

 今回の事件によって、欧州のEU各国は難民に対してドアを閉めようとして
 います。そして彼らにより良い居場所と思われている英国はEUを離脱しよ
 うとしていて、やがては行き場を失うでしょう。するとEUに入れなかった
 ような(治安上問題のあるとされる)彼らが次に目指す先は米国、そして
 アジア。
 なかでも少子高齢化で労働力を欲していて、オマケに治安の良い日本の
 ような国は、都合の良い行き先の候補と言えるのではないでしょうか。

 経済優先を一つ覚えのように繰り返し掲げるアベノミクス。
 日本は2014年に主に経済上の国策として毎年20万人の移民労働者を
 受け入れるという検討を始めました。

 先進国連合として当初の人道的プライドを捨てて国家市民の治安と
 雇用を優先しようとするEU。今回の懸念されていたような事件と欧米の
 対応を見て、果たして日本はどう動くのでしょう。
 (確固たるプリンシプルがないのを承知前提だから、日和見の国のことを
 こう書くしかないですね)。

 難民たちにEUの中でイギリスが好まれた理由は英語圏だから。
 日本で働くには日本語という壁があって、それが海外に出て行く障壁にも
 なっています。でも逆に言えば言葉が防波堤にもなる(なっていた)ので
 しょう。但これからはもう想定以上の津波は来ない、とは言えないでしょう。

 20世紀は2度の世界大戦があった、いわば戦争の世紀でした。
 21世紀は911で幕をあけて、15年が過ぎた今、どうやらテロと紛争の
 世紀といえそうです。加えて地球規模の甚大な自然災害、サイバーとリアル
 世界共にウィルスによる脅威。

 かつて世界は狭くフラットになったと書いた人もいたけれど、
 一方でエントロピーが肥大していることは間違いなさそう。
 そしてその急速な肥大によって地球はどこか歪み始めている。
 それは市井であっても感じること。

 人は生まれた時代と国家に逆らうことができない。
 戦争はいわずもがな、テロ、紛争、経済、ツケがくるのは結局いつも
 市井の国民ですね。

 それでもって大晦日、ホテルのTV。
 年越しのカウントダウン番組を見ていたら、ベルリンのブランデンブルグ門の
 群衆の様子が映し出されていて、窓の外のケルンの花火と大聖堂との対比、
 パラレルワールド的な感覚に惹かれてビデオに収めました。

 残念ながら番組のBGMで流れていた曲が著作権に触れたようで、
 アップロードした途端にyoutubeからクレームが来て、強制でミュートされて
 しまいました。

 しかしながら、逆にその音のない静かな映像に、リテラシーを問われながら
 雁字搦めになり、声の出せない未来社会を想うのでした。


 


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 このブログ記事は欧州の旅から戻った後の1月に書きました。
 動画をアップした途端、5分も経たずにクレームでミュートされるケチが
 ついて、、これまで放っていました。

 その後、ケルンの事件を発端とした移民問題はEUを分裂寸前にまで
 追い込み、ご存知の通り英国は国民投票による離脱を決定。猶予がある
 とはいえ、いまだ激震は続いています。

 この一年、今年前半を振り返るだけでも大きな変化です。
 我々はたった今、今世紀初めの激動の時を生きているのだと、あらためて
 認識せざるを得ないのですね。

 そしてもう一つ
 とんでもねぇ移民が土足でやってくるのを防ぐために、何の手立てもない
 のかああっっ  というとそうでもなくて、米国が導入を検討しているのが
 ロンブローゾ・プログラム(Cesare Lombroso :犯罪人類学の父と呼ばれる
 人の名前がついている)という犯罪者の早期発見システム。
 いわゆる「プリコグ」と呼ばれるものです。

 映画「マイノリティレポート」には、犯罪予知の特殊能力を備えた霊能者が
 SF的に描かれていましたが、現実的なロンブローゾ・プログラムの場合は
 そもそも犯罪を起こす因子の有無を脳のスキャン画像とDNA検査といった
 生体情報から得ようというもの。
 勿論犯罪者の脳とはどういうものなのか、そのDNAはといったデータの
 解析と蓄積、確固たる統計エヴィデンスがあって成立します。
 そしてその判断を行うのはAI。

 従来は犯罪歴のデータから再発を推測する、言うなればパッシヴなもので
 したが、ロンブローゾは生来性犯罪者のレッテルを未然なうちに貼ってしまう
 アクティブなもの。そしてそのテストを難民に限らず国民全員に義務付ける
 というプログラム。
 そんなプリコグのやり方が社会を守る上ではたして最良の選択なのか、
 それはわかりません。でも例えば米国とメキシコの国境に万里の長城を作る?
 というアホな(失礼)政策よりは余程リアリティがある。

 例えばたった今、入国時での指紋や顔の登録といった個人認証程度でも
 拒否する権利はあります。
 しかし背に腹は代えられない、と国策ではなく市民レベルでロンブローゾ
 のようなソリューションが支持されるような日が、、そう遠くないやがて
 訪れる気がしてみるてすと。未来の管理社会を思えば尚更。

 振り返ればケルンの出来事は、今という未来への予兆でした。
 そして再び、例えば10年と言わず、5年後に振り返った時に、このことが
 人々の間にどう認識、記憶されているでしょうか。

 
     

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