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2018年2月25日 (日)

頭文字D @ L'Arbresle

  
 ラ・トゥーレット修道院を見学した日の夕方、てくてくっと山道を
 下ってル・アーブレスレ駅について、掲示板で列車の時間を見ていた。
 これからリヨンの市街へ戻るのだ。

 リヨンはパリに次いでフランス第二の都市。とはいえ郊外に出ると
 列車の数は激減する。たった今しがた、一本行ってしまった後じゃ
 ないか。。

 さてさて、と、思っていたら後ろから声を掛けられて振り向くと
 黒人の若い女の子。身なりはごくフツーの若者で黒づくめの
 Tシャツにレギンス。掲示板を指差しながら、どこだかの駅の
 名前を言っている。
 フランス語がわからないと応えると、例の親指と人差指と中指の
 三本を擦り合わせるジェスチャーでノーマネー・シルヴプレと言う彼女。

 やれやれ、またかと思いながら、歩いて帰れないのかと言いた
 かったがグーグル翻訳を立ち上げる気も起きない。
 そもそもこれでお金を渡したら、今朝のマルセイユのドミニク、
 あるいはドロシーのオバさん
にも申し訳が立たないではないか。
 ノンと断ると、三本指をパッと開いてフンッときた。
 くるりと踵を返してさっさと立ち去る彼女。うーむ、失礼な。

 まだ次の列車まで一時間近くもあるので、折角だからこの町を
 見てやろうコーヒー飲みたいし、と気を取り直して、駅を出て
 歩き出したら犬を連れた散歩オバさんがいた。
 挨拶をして町の中心はどっちだねと片言のフランス語で尋ねると、
 今日は日曜日でどこも閉まっているという。わかってまんがな。
 それなら教会はどこだねと尋ねるとオバさんはこの道をまっすぐ
 行って右へ曲がれという。ダッコォ、メルスィー!

 たとえ日曜日でも、どんな田舎町であっても、どこかにカフェの
 一軒は必ず開いているものなのだ。まるで薬局や当番医みたいに。
 欧州におけるカフェの存在とは、そういうものなのです。
 そして教会は常に町の中心か高台に位置して、ぐるりと見渡せば
 どこかにその塔が覗けて人々を導けるようになっている。
 欧州における教会と宗教の存在とは、そういうものなのだ。

 カフェを探して、小さな旧い町を歩く。
 教会の前の広場まできたら、さっき駅であった黒人の女の子が
 ベンチに座っていて、大きなペットボトルのコーラとハンバーガーを
 食べながら友達らしき仲間達とダベっていた。
 嘘つきというフランス語が分からなかったので、ノーマネーと
 言いながら指を指したらこちらに気づいて彼女は舌を出した。
 ふざけやがってぇ、尼寺へいけっ!尼寺へ!(もちシェイクスピア、
 ハムレット風に)

 コーラやハンバーガーを売っている店があるのだと思ったが
 流石に彼女に訊くわけにいかない。金もってんじゃんと言われ
 そうだし。

 再び気を取り直し、駅から歩いた時間を計り、方向を覚えながら
 勘を働かせて歩く。こんな時は駅へ戻る分の時間を残しておく。
 それまでに見つからなければ諦めればいい。
 どうあろうとも、すべてはなるようになると受け入れること。
 旅の時間は、人生の時間なのだ。

 そして町外れの幹線道路沿いに開いているカフェを見つけた。
 駅へ戻るための制限時間まであと10分ちょい。充分。
 
 田舎町の、寂れたカフェだった。でも客は10人以上、結構いた。
 そして客はすべて老人の男達だった。TVではサッカーの試合が
 流れていたが誰も試合を見ておらず、誰もがただカフェの椅子に
 座りビールや空になりかけたワイングラスを前に黙っていた。
 退屈という苦痛に耐えるには、この町ではそれしか方法がない
 ように思えた。

 表の席に着いて店員に手を挙げ、私はエスプレッソを頼んだ。
 隣の老人と眼があったが、会釈はない。
 家に帰っても、今日は店で日本人を見たなどと、話す相手は
 いないだろう。

 今朝マルセイユを発ち、昼前にリヨンに着いて、露天の市場を
 覗き、ラ・トゥーレット修道院へ山道を歩いて、黄昏が始まろう
 とする今、老人達に囲まれて寂れた田舎町のカフェにいる。
 疲れている身体に思い切り苦いのが飲みたくなって、エスプレッソ
 をダブルに、ドッピオに頼みなおした。
 長い長い日曜日、一日の終わりに飲むコーヒーの頭文字はDだ。

 ドッピオは思った通り苦かった。でも、どこにでもある味だった。
 そういえば黒人の女の子に名前を尋ねるのを忘れた。
 君の頭文字は、と。

 リヨンなら日曜日でもどこかで切手が手に入るだろう。
 お釣りを貰わずに席を立ち、私は駅へと急いだ。


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